Monday, July 20, 2009

真光とスワミ・ラーマ <3>; ヨガの『真髄』? Mahikari and Swami Rama < 3 > ; the essence of yoga?

ラーマが日本に来て、自分を訪問し、ヨガの『真髄』を伝えた、というのが光玉の話でした。〔注1〕 しかし、ラーマから伝えられたはずのヨガの『真髄』はどこに行ってしまったのでしょうか。

もっとも、自分の教えは神から教えられたものである、と説く光玉にとって、「これはヨガ聖者から教わったことであるが 〜 」とその価値を認めたのでは都合が悪いことになるでしょう。

『御対談集』のp232に『真髄』,p306に『神髄』とありますが、〔注1〕 その外にも、『真髄』という言葉を光玉が使っている箇所があります。


   ラーマさんが最後に、私と別れるとき「とにかくわしは岡田さんという人には、正直いうと敬意を表しておる」というから、「どうして・・・・?あなたみたいな世界のヨガの一番の親玉が・・・・」と聞いた。そうしたら、こういうことをいっていました。やっぱりヨガの業でも真髄はこれなんですね。相手にこうやって手を当てて直してしまう。三歳から修行を始めたラーマさんが不思議だということは、「岡田さんはわれわれより行をしておらんじゃないか」というんです。「立教十年というけど、その前は事業家で、もとは軍人ではないか。われわれのように苦行したことないではないか」と言うんです。ただ、私はいまの『御聖言』にもございますように、「光玉と名のれ、手をかざせ」という神示のままにしただけですからね。これが一番最初に私が受けた神示です。  ーー『御対談集』P232、昭和45<1970>年1月、対談者;藤田義郎(政治評論家)


一見すると、光玉の話はまともに聞こえるかもしれません。しかし、あちこちで事実とのズレがあり、真実味が疑われます。

♦<ラーマが自分に敬意を表した>という光玉の弁ですが、そういうことに一応してみましょう。光玉のこの話によると、敬意を表す理由が、<さほどの行もしてないのに、手かざしで人の病気を直してしまうから>とのことです。

ということは、「手かざしで人の病気が治る」という光玉の話をこのヨガ行者もそのまま信じたことになります。

光玉は確かに『どんな病気でも治るんです』『簡単に治っちゃうんです』『あらゆる病気でも、傷でも治しちゃう』『万能選手』と言っていました。〔注2〕 しかし、実際には、光玉の時代でさえ、本人が手かざしで治ったと信じ切っている場合であっても、検証されたわけではないし、実際の事実は確かめようがない、というのが本当のところでしょう。

それに加えて、崇教真光(光玉の死後、彼の設立した世界真光文明教団に後継者争いが起こり、教え主の座に就くことに失敗した恵珠が、文明教団を出て、新たに設立した教団)では、光玉のそういった表現は影を潜めて、『医学と十字を組む』とか、『真光の業は病気治しではありません』といった言い回しが表に掲げられるようになりました。〔注3〕

『医学と十字を組む』というのは『われわれの世界に、内科医学は要らん』(『御対談集』p225)とさえ豪語した光玉の勢いからは大幅に後退した表現です。また、『真光の業は病気治しではありません』は『真光業』の効果がなかった際の言い訳として使われるようになりましたが、それが実に頻繁になってしまいました。

こういう変遷だけを見ても、『真光の業』は光玉が自信を持って宣言したほどのことはなかったということがわかります。

♦「世界のヨガの一番の親玉」とは何を基に言っているのか不明です。光玉が勝手にそう描写しているだけのようです。この時代に、ラーマよりはるかに名の知られた、国際的にも力のあるヨガ行者は何人かいました。〔注4〕 

ラーマの特徴は、実験室で測定器具に自分の体をつなぐことを許してデモンストレーションを行った、数少ないヨガ行者の一人、ということと、そのデモンストレーションには、心臓を止める等の実験があり、普通コントロールできない自律神経をコントロールした例として見なされている、ということでしょう。

このヨガ行者に関して、「世界のヨガの一番の親玉」というのは持ち上げ過ぎです。自分を訪ねて来たヨガ行者だから、というので、光玉は「世界のヨガの一番の親玉」にしてしまったのでしょう。それほどに持ち上げているのにもかかわらず、その「偉い」行者が伝えたはずのヨガの『真髄』に関しては、その価値を認めるようなことは何も言わないというのも不自然です。

♦「やっぱりヨガの業でも真髄はこれなんですね。相手にこうやって手を当てて直してしまう」

この光玉の話では「ヨガの業の真髄は手を当てて直すこと」と取れます。『真髄』と言うのだから、一般には知られていない、秘儀なのだろう、と解釈して通り過ぎるかもしれません。しかし、「え!?」といぶかしく思って当然ではないでしょうか。

健康という面では、ヨガはその瞑想法、座法、呼吸法で、健康体を目指すのであって、自分や他人の患部に手を当てて直すことではありません。にもかかわらず、光玉は『真髄』という言葉を用いて、ヨガと真光の手かざしとをダブらせるという、歪んだ認識を示しています。

「その真髄は手を当てて直す」というのが、真の道の「真手(まなて)」〔注5〕とか、救世教の「浄霊」のことを言っているのならまだわかりますが、光玉の言っているのはヨガのことです。彼の頭の中で、何らかの混乱があるのか、とすら思えます。それとも、『真髄』という言葉を使えば、無責任なことを言っても通る、と思ったのでしょうか。

この『御対談集』はむろん光玉が主役で、光玉の言うことなら、何でも本当だと信じ込んでいる信者を対象にした書物です。真光の枠の中だけで思考するようマインド・コントロールされている信者は、ここを読んで、「手かざしってすごいんだ。ヨガの真髄にも通じるんだ。だから真光さえやっていれば事足りるんだ。」と、真光をやるのは間違っていないと確証された気分になるでしょう。それが光玉の究極の意図だったのではないでしょうか。

♦「立教十年というけど、その前は事業家で、もとは軍人ではないか」

光玉の宗教歴がここでも抜けています。意図的にラーマに言わなかったのでしょう。立教前には宗教を知らなかった人間だったという印象で包んで初めて、昭和34年の『最初の啓示』が聞く人に大きなインパクトを与えるのです。

立教前に「生長の家、大本、真の道、竹内神道等」宗教を10年以上も徹底研究して、世界救世教の支部の幹部までやったことも含め、10年間も浄霊という手かざしをしていた、また、真の道の「真光呂斎主」までやっていること等を正直に最初から知らせたのでは、〔注6〕 <宗教をやって来た人間が、今度は自分の宗派を作ったということか>と現実に即して解釈されることは目に見えています。こうなると、昭和34年の『最初の啓示』は取って付けたようなものになります。

♦「いまの『御聖言』にもございますように」

「『最初の啓示』ーその九:『手をかざせ』の挿入(脱落?)」(2007/09)の中で、昭和45年発行の『御聖言』には『手をかざせ』が入っていなかったことを話題にしました。ここで光玉が言及している「いまの『御聖言』」というのはその『御聖言』のことで、実際には『手をかざせ』がはいっていませんでした。〔注7〕

♦「光玉と名のれ、手をかざせ」という神示を受けた、との光玉の主張はあくまで自己申告です。自分で言っているだけです。しかも、実際の事実との矛盾があり、経歴隠蔽,経歴詐称してこそ成り立つ神示です。救世教の茂吉が受けたとする神示にもよく似ています。〔注8〕多分に創作の可能性が強い代物です。

光玉は何らかの声を聞いたのではないか、と思いたい分には、統合失調症の幻聴という説明も可能です。そう言えば光玉はこの昭和34年の『最初の啓示』以前にも『声なき声』を聞いたと言っていました。〔注9〕そうならば、幻聴の傾向があったとも考えられます。崇教真光(特に代理の晃弥、別名八坂東明)もこの『声なき声』のことを押し出して、『手かざし』についてさえも、戦後間もなく、「手をかざせ」という声を聞いて初めて手をかざしたという、ちぐはぐな話をしています。〔注10〕 ということは、昭和34年の「光玉と名のれ、手をかざせ」という、威勢の良い、『神の声』は、一体何だったのか、という疑問が出て来ます。

仮にこの声の主が何かの『神』であるとするならば、もっと現実をしっかり押さえて、『お前が救世教で使った名、光玉を再び名乗れ。お前が救世教で習った浄霊を手かざしと言い換えて手をかざせ。』と言ってもよさそうなのですが ...。 光玉の幻聴、又は作り話なら、現実の事実にこだわる必要はないわけで、言葉の響きがよければそれでいいことになります。

また、何らかの『霊的な』声ではないか、という分には、本人の主張するような『正神』ではなく、『邪霊』との説明もあります。ネットでの次の書き込みを紹介しましょう。

   なんていうのか・・・
   邪霊は人から神のように崇められたくて、奇跡まがいを起こせるし、天罰らしき災いも起こせるのだそう。
   だから信じる者は救われると言い、たまには奇跡も見せて、離れる者には災いを起こして恐怖心で縛る。
   そうして、いつまでも神のごとく崇められようとするんですって。
   
   しかしその教団には、人を導く真の神の使徒としての【品格がない】。
   大口をたたく割には、救いはほとんど起こらない。(てか、社会の迷惑。)
   これらが邪霊団であるという十分な証拠と証明でしょうね。
   邪霊団、またはカルトとも言うかな?    ーー崇教真光を斬れ!ー 真光被害者の会;55 


♦「これが一番最初に私が受けた神示です」

『最初の啓示』その二(2006/05)でも紹介しました。この光玉の弁は「この時以降、私は以前にも増して、しばしば神の啓示をいただくようになった」(『御聖言』序;p3)の「以前にも増して」が意味するものとは明らかに矛盾します。

光玉は、一方で、昭和34年に初めて『神』が自分に話しかけたという印象を作り出し、その印象にふさわしく、驚いて見せているのに、他方では、それ以前から啓示があったとほのめかす、という、実際の出来事を話しているとは思えない矛盾を見せています。 〔注11〕

真光の世界に取り込まれた『組み手』と称する信者達は、そういった矛盾を指摘されても矛盾とは認識できないことに、マインド・コントロールの怖さの一面が窺えます。



〔注1〕「真光とスワミ・ラーマ」 (2009/04)参照。
〔注2〕「光玉曰く、『どんな病気でも治るんです』」 (2008/01)参照。

〔注3〕*『医学と十字を組む』下記の書き込みも参考にして頂きたい。

   真光に入信すると献金と勧誘を徹底的に求められます。
   全ての教義、手かざしはその為の小道具なのです。

   しかも医学に否定的な教えの為病気の悪化、手遅れ、医療拒否による死者が
   多数出ています。
   医学と十字に組む・・・等と表向きは取り繕っていますが現実には薬品、手術には非常に否定的です。

   医学を認めれば手かざしなど必要なくなるのですから無理もありません。
   どうせインチキですが・・・    ーー真光関係者集合(50)ー 614
   
   *『真光の業は病気治しではありません』(2007/12)参照。

〔注4〕シュリ・チンモイ、アイアンガー、沖正弘、等。
〔注5〕「真の道」 http://www.makoto.or.jp/
〔注6〕
   立教前に、「生長の家、大本、真の道、竹内神道等」宗教を10年以上も徹底研究して、
  「世界救世教の布教師」や真の道の「真光呂斎主」までやっている。ーー崇教真光を斬れ!ー535

  世界救世教所属時代に「光玉先生」と名乗っていた。
  そこで和光布教会長という支部の長をしていた、10年間も浄霊という手かざしをしていた。
   ーー崇教真光を斬れ!ー102、104

〔注7〕対談者、同一人物で藤田義郎。昭和45<1970>年1月の日付。この対談はp210−p243。
〔注8〕「『最初の啓示』その三(2006/06)、その七(2006/10)」参照。 
〔注9〕風呂の中で声がした、と光玉は言っている。
   「上(ウエ)、上(ウエ)、上(カミ)の方だよ、と声なき声がする」
    ーー『大聖主』p69
〔注10〕「『最初の啓示』その三」 (2006/06)参照。
〔注11〕「真光と犬の話」(2006/03)
   「『最初の啓示』その三その四」(2006/06、2006/07)参照。


ーー火の鳥Phoenix3000

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